<家族の声が批判された理由の解析


北朝鮮拉致問題で家族会への非難がでている。これの解析を行う。
(読売新聞「土曜世論」で意見募集のものに投稿したもの)

「家族の声 なぜ批判されたのか」
いろいろな視点があるとおもうが、そのいくつかをあげたい。

キーワード「余裕がない」ということであろう。拉致家族も多様化しており、成果のなかった人も多い。
成果のなかった人で総理に批判的な声となるケースもある。しかし我々は情報をうわべだけしか
(一部しか)取り入れられないことも多い。それは情報入手がほとんどの場合テレビからのものが多い
ためだ。

長いインタビューの中、ごく一部のフレーズから批判的な意見が出て、またそれが誇張されテレビで
報道されれば、批判的するケースもあろう。他の媒体を調査したわけでもその視点でみれば
「時間的な余裕がない」といえるだろう。(これは情報の送り手、受け手の両方にいえるであろう)

さらには、長い景気低迷が続き人間的にいやがおうでも心が狭くならざるをえない。期間が現在でも
続き、その中で人を思いやる等の気持ちがだんだんもてなくなってきているといえる。そういった意
味でいけば、「思いやる余裕がない」といえるのではないだろうか。(心理的な余裕のなさ)
また自分達の生活が苦しい中、景気回復等政府に行ってほしいことは山ほどある。
申しわけないが、細かいことに時間をとられたくないという「自分自身への余裕のなさ」も原因となる
だろう。(実弾的な余裕のなさ)

全く別の視点でいえば、IT等の普及もこれに影響している。FAX、インターネット、携帯電話の普及が
その原因だ。同じクレームをつけたい状況にあっても過去には、電話程度しか手段がなかった。会社
勤務であれば、帰宅後の電話ではかける場所さえない。それがFAX、電子メールがあれば時間を気
にすることがなくなる。そんなことも批判が多かった原因となるのではないか。