<20億円の負担はどうあるべきか


20億円の話というのはイラク人質事件の話であるが、これはどう負担させればよいのだろうか。
20億円の金額も正確な金額ではないらしい。どこかの議員さんが”これぐらい”といった金額の
ようであるが金額はとりあえずこれを使用することとする。

”3人の共通金額はおかしい”ということをあげたい。
2名は成人であり、1名は未成年である。また目的も異なる。ジャーナリストは仕事で行っている。
これはリスクを侵してでも売れる写真をとりために行ったと解釈されても仕方ない。
たとえそのような気がなくても、よい写真をとればビジネスに繋がることを考えれば、ビジネスの
為ということになるだろう。リスクテイクをして、チャレンジするのは自分の勝手だが、その責任も
自分でとるのが社会人である。

もう1名はボランティアの成人である。目的はどうあれ、理由はどうあれ、成人たる大人が行動す
れば責任を負うのが常識である。老人ボランティアのために車を運転し、過失がない状態ながら
人をひいてしまえば、相応の責任を負う。この場合は危険な地域に自ら入り込んでいるので、た
とえ、先方が違法的な行為者であったとしても相応の過失はあったものと考える。

もう1名は未成年者である。この場合正しい判断が可能であったかどうかというのが問題となる。
この年齢のうちは物事に熱くなる年代である。ましてや彼の場合はマスコミが以前から取り上げて
いる存在ということで、少し精神的な部分で高揚な状態と考えることができる。簡単にいえば興奮
状態であったわけで冷静な判断ができなかったと考える。

さて、次に問題なのが、3人が助かりたい意思があったかどうかという問題である。
このような活動家の中には自分が死んでこの問題を注目させたいという気持ちがあるケースもある。
高校生の彼は劣化ウラン弾の問題をとりあげ、自らも被爆する可能性を覚悟していたという。そうで
あれば自分が死して、このことを問題にしたかったかもしれない。そうであると仮定するならば
政府による救出は余計なお世話と言うかもしれない。それ以外の人は死ぬことは希望をしていな
かったように感じられる。そうであるなら高校生の彼以外には請求の可能性があるが、ここでは死も
覚悟していたこととしよう。

しかし、あの状況では本人の意思を確認することはできない。そこで大事なのが日本にいる家族で
ある。日本の家族が”ほっておいてください”ということになれば、救出は日本の政治家の面子として
の救出であり、支払いの義務はない。だがこの場合は救出を家族が求めている。これは本人の意思を
代理として発したものと考えることができる。本人が救出を望んだ以上、相応の経費負担は必要と
なろう。