<少子化対策について>
以前厚生労働省で少子化について意見を募集していたものへの送信文である。
(1) 少子化の要因と少子化の見通し
少子化の要因は晩婚化と将来への経済的不安、価値観の変化である。
女性の社会進出の傾向はこれからも継続していくことだろう、また女性の意識は今後とも変化しないと考えられる。女性においては門限などの制約もなくなる時代となり、独身でいるほうが楽しいと感じるようになってきた結果である。子育てに対する相当の対策が講じられない限りはこの傾向が変わることはない。
(2) 子どもは親の所有物であるという意識に対して
子供の責任は生涯親がとるのが見直されなければ、その意識は変化がない。しかし、財政面からみれば換わっていく必要もある。
所有物であるという表現はともかく、育てるという行為自体は親に委ねざるを得ないし、その結果なにか犯罪を犯した場合には親権者として責任をとる。しかしながら、年金の世界でみると子供は将来の国の生産活動の担い手であり、国力を高める強力な人的資源である。その面からいっても子供の養育は国の義務である部分が今後増加していく必要があるのではないか。
(3) どうすれば、子供を産み育てようとする気持ちになるのか。またその理由 について
女性の社会進出を否定するわけにはいかない。環境作りで大切なのは資金面である。資金面で相当の手当てがなければ、環境だけでは効果は望めない。
現在の年金の制度等を検討すれば、将来的に自らの生活費が不足することはなんとなく認識できる。また女性においては社会進出もあり、門限などの制約、性的な制約もなくなってきた。子供を産んだ人の話を聞くと育児の時間、経済的な苦労とよい話はなかなか聞かれない。こうなると女性に出産を望むのは困難である。時間的な制約(出産期間)をなくすことは難しい。しかしながら、経済的なデメリットを克服することは可能である。それは出産に対する、育児に対する実害を補填するしか手はない。すなわち児童手当というだけでなく、子育てに必要な金額を全て負担することである。これは税金でいうところの扶養控除という金額でないことは確かである。またOLの人においては、それでは自分のこずかいというものがなくなるわけで、出産に対するやる気がわいてこない。それぞれに算出するわけにはいかないが、両方あわせて数百万/年の手当てを出すしか手はないであろう。
子供は将来の生きがいでもあるが、子供を作らない人は、そのお金で自分の趣味なりで生きがいをみつけているわけで、その点でいくと将来の国の生産者と年金負担者を生きがいのためのお金で育てることは不公平である。それ相応の手当てを望む。
もちろん、財源がないことはわかっているが、今の子供はそれに相当するものを将来生み出してくれるわけで、それだけのことをしてもマクロ的には問題はないはずである。経過措置の問題もあるが、これは仕方がない部分もある。そんなことを検討している余裕はない!
(4) これまでの取組みに対する問題点やその理由について
庶民感情を理解できていないから、効果のない対応策しかでない。
役人のエリーとの方は頭がよいのであろう。ただそれだけに庶民の考えがわからないわけである。アンケート調査等でデータをとっても、回答する人は一般的でない人である。今の若い世代が我慢ができない人達であり、金への執着心が高い。価値観が異なっていることを理解しなければならないし、時間という価値に対してどうして対抗するものを持ちえるかを考えなければならない。
(5) 国において、民間において、地域において行う少子化対策について
国家の問題として総力をあげて考えるべき問題である。民間地域のレベルでは解決しない。
少子化問題、学童保育問題これらのこともすべて国家レベルで行う必要がある。子供は全て金の卵であるという意識で望まなくてはならない。コストを生み出すだけの子供が虐待により死んでしまう事件が多発しているが、現状ではそういう状態になることも否めない。親となる人間が成長していないためである。
悲しいことだが、金で解決しなければならないところまできているのかもしれない。
(6) その他
この問題への意見は以前より行っていた。自分のこととしての検討を。
少子化対策の問題の解決については、もう10年も前に同様の内容を所轄官庁に送ったような覚えがある。そのころからすでに価値観というのは変わり始めていた。今回の案というのは諸外国比較しても段違いに金銭的な負担が大きいものである。しかしながら、日本は先進国一番の高齢国家である。他の国の後追いをしているわけにはいかない。画期的な対応策が早急に必要であろう。また同様にこの春に学童保育の問題について所轄官庁の長に意見を送付しているが、なにも回答のあったところはない。少子化対策ということだけでなく、育てていく環境についても単に器をつくればよい、というだけでなく器の良し悪しについても自分の子供を預ける立場になって真剣に考えていただきたい。
該当者に我慢をさせるか、みんなで我慢をするか
現在の状況では、子供の生む家庭(特に奥様)に、自分の時間、金を我慢して国のために子供を産んでくれといっているのと同じである。(生まない人はおいしいものをたべたり、旅行にいったりしているわけである)将来の国の産業の担い手である。資金の負担を全員で行うことによりみんなで我慢をするべきでないか。(金額的には相当の金額の手当てをだす)